はじめに

企業に対して非財務情報の開示を求める動きが国際的に強まっている中で、国内外でさまざまなガイドラインが整備され、変化する社会の状況を反映して新しい策定や改定が進んでいます。そのような世の中の兆候をとらまえると、企業の非財務情報開示に対応していくことは非常に重要です。本コラムでは、非財務情報の開示が要請されるようになった背景を踏まえながら、国内外の動向を整理し、企業における課題と対応策を解説します。

  1. 非財務情報の定義
  2. 企業がステークホルダーに対して行う情報開示にはどのような種類があるのでしょうか。一般には金融商品取引法や会社法に基づく「法定開示」(有価証券報告書等)、金融取引所が定める「提示開示」(決算短信、コーポレートガバナンス報告書等)、企業自身が任意で行う「任意開示」(統合報告書、レポート等)があります。このうち、経営成績等の財務情報以外の情報が非財務情報にあたります。具体的には、経営戦略・経営課題、ESGやCSRに関連する取り組み、経営者が認識しているリスクやガバナンス体制などの情報です。 上場企業が財務情報以外に行う法定開示を「記述情報」といい、「事業等のリスク」、「MD &A*」、「コーポレートガバナンスの状況」などが該当します。 これらの情報が非財務情報として定義されているのです。 *MD &A:経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュフローの現状分析

  3. 非財務情報開示要請の背景
  4. 企業に対して非財務情報の開示を要請する動きが高まっている背景を解説します。①社会と地球の持続可能性に対する危機感から国際社会で「持続可能な開発目標(SDGs)」と「気候変動に関するパリ協定」が合意されました。国際社会の長期方向の明示を発表したことで、企業にも積極的な取り組みが求められました。このように、企業を取り巻く環境の変化により、財務情報だけでなく、非財務情報の情報を開示することが迫られる世の中となったのです。そうした非財務情報の情報開示に関して、国内外で多種多様なガイドラインが発行されており、近年法制化や証券取引所規制として強制化される動きが広まっています。以上のような潮流が、投資家やステークホルダーに向けての非財務情報の開示要請が拡大する背景となっています。

    非財務情報開示を取り巻く動き

    特に取り組みが加速しているのが「気候変動」の分野です。近年、TCFD(気候変動タスクフォース)という言葉を耳にすることが多くなったのではないでしょうか。同報告書では、気候変動によりもたらされる重大な財務上のリスクや機械を企業が開示することで投資家より適切な評価を得ると同時に、企業が脱炭素社会への移行における対策を一助する役割を果たします。しかし、TCDFに拘束力はなく、企業は任意で開示することにとどまっています。そういった中で、新しいグローバルベースラインの開発が進んでいます。※以下参照
    ① 包括的な企業報告の実現に向けて協働する5団体*共同声明の発表
    *5団体:CDP(非財務情報開示に関する主要な基準設定主体)、CDSB(気候変動関連情報審議会)、グローバルレポートイニシアチブ(GRI)、国際統合報告評議会(IIRC)、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)
    ② 国際財務情報基準(IFRS)財団による包括的なグローバルベースラインの開発を目指す国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立
    ③ 国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が合併した価値報告財団(VRF)と気候変動開示基準委員会(CDSB)統合 このような新しいグローバルベースラインの開発は、企業の財務情報の実効性が向上し、投資家やステークホルダーにとっても重要な指標となるでしょう。

    非財務情報開示に際しての課題と対応策

    現在の非財務情報開示に関する状況を整理してきました。では、情報開示における企業の課題とは何か、対応策と合わせて解説します。

    1. 非財務情報開示の本質の明確化
    2. ESG投資の盛り上がりによる関心が高まる反面、特定のステークホルダーの評価をあげることだけが目的化し、要請に表面的に対応するだけで満足してしまうケースも多く見受けられます。非財務情報の目的・意義を経営層及び社内関係者で適切に理解・共有した上で、自社としての情報開示に関する基本方針を明確化することが重要です。企業における将来の持続可能な社会において、企業が果たしたい役割と、価値創造に直結する非財務情報は何か、あるべき水準の程度を経営層含め会社全体で議論することが必要です。

    3. ステークホルダーの要請ニーズとのギャップ
    4. 本質的に異なる様々なステイクホルダーが存在する中で、異なる情報ニーズを「ESG」の一言で括ってしまっては限界があります。1つの媒体で全てのステイクホルダーのニーズに応えることは不可能です。自社にとって重要なステークホルダーの特定と戦略的なエンゲージメントを通じて期待を把握し、対応していくことが重要です。

    5. 国際社会の関心への対応
    6. 国際社会において人権やサプライチェーン、気候変動関連情報の開示要請、GR Iスタンダード(※以降で詳細説明)、企業のSDGsなどの対応が企業に求められています。そういった国際社会への関心が非財務情報の重要性を物語っていることは顕著です。企業市民として、積極的に国際社会に対して説明責任を果たしていくことがグローバル企業においては非常に重要です。国際社会の関心は今どこに向いているのか、そういった観点で求められる対応を先取りし、迅速に対応していくことが必要です。

    7. 開示基準や評価基準の制定
    8. 気候変動リスクに関しては、TCFD提言を踏まえた情報開示を行なっていますが、ESGについては十分なガイドラインや開示基準、評価基準が制定されていない場合が多く、客観的・定量的な評価が困難です。この結果、開示内容の抽象度が高くなり、開示が効果的でなくなってしまいます。このような課題に対応すべく、企業は非財務情報の目的をよく理解した上で、どのような情報を企業として開示するべきかを検討する必要があります。非財務情報の開示は、必ずしも定量的である必要はないので、企業が将来どのような価値を創造し、環境・社会にどのような影響を与えるのかをわかりやすくステイクホルダーに伝える必要があります。企業によって長期戦略とサステナビリティ推進の関連性は異なってくるため、自社の重要課題(マテリアリティ)を特定し、柔軟性の高い開示を実施することが重要です。非財務情報の開示にあたっては、重要課題特定のプロセス・客観的な指標(KPI)・現状の取り組みと課題 明確に説明することも効果的でしょう。

    9. 社内の体制整備
    10. 非財務情報に関連する事項を所管する部署が同一ではない場合が多いため、情報の取りまとめや社内の体制を整備することが困難です。非財務情報の定量化の分析やデータの測定方法なども各セグメントで異なるため、社内全体としてのデータを統合することも一苦労です。非財務情報の開示をトップダウンで推進できるマネジメント本部を設けておき、社内の体制を整備することや、サステナビリティ委員会やマネジメントリスク委員会などといった非財務情報の取りまとめを行う委員会の役割を明確にすることで、情報の整理と機能の統一化をはかることで有効的な開示を実施できるでしょう。

    主要な開示基準

    非財務情報の開示における押さえておきたい主要なガイドラインをまとめました。国際的には強制力を持った情報開示の整備が取り組まれています。こうした動きを受け、各種開示ガイドラインを理解し、日本企業も対応が求められる世の中になるでしょう。

    1. 戦略・事業全体
    2. GRIスタンダード

      【発行年】2016年
      【策定主体】グローバルレポーティングイニシアチブ(Global Reporting Initiative: GRI)
      【適用対象】全組織(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】全ステークホルダー
      【内容】世界で最も利用されているサステナビリティ情報・ガバナンス情報のガイドラインである。組織の背景情報や重要マネジメント手法等を報告する共通スタンダードと経済・環境・社会面インパクトを報告する各スタンダードの計800超の項目からなる。

      非財務情報開示指令

      【発行年】2014年
      【策定主体】EU
      【適用対象】EU内の従業員が500人以上の社会的影響度の高い企業約6,000社(法定開示)
      【情報の想定ユーザ】主に投資家
      【内容】環境・人権・社会・腐敗等に関連する非財務情報と、取締役会の多様性についての年次情報2017年より全対象企業向けに義務化付け

      IIRC統合報告フレームワーク

      【発行年】2010年
      【策定主体】 国際報告統合委員会(Internal Integrated Reporting Council)
      【適用対象】投資対象となるあらゆる企業(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】財務資本の提供者、組織の長期にわたる価値想像能力に感心がある全ステイクホルダー
      【内容】規制者、投資家、企業、基準設定主体、会計専門家及びNGOより構成されるIIRCが策定した価値想像についてのコミュニケーション指針。「戦略・ガナバンス・実績・見通し」と組織の価値想像の関連性を伝えるため、原理主義の考え方に基づき、戦略と財務・非財務資本の関係整理を求める。4つの基本概念と9つの内容要素で構成されている。
      価値創造プロセスー出典:国際統合報告フレームワーク日本語版

      SASBサステナビリティ会計基準

      【発行年】2012年〜、2016年に全業種発行
      【策定主体】米国サステナビリティ会計基準審査会(Sustainability Accounting Standards Board)
      【適用対象】米国証券取引所に上場しFrom10-K、20-Kを提出する企業(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】投資家
      【内容】企業が非財務情報を財務報告書に記載するための開示基準の開発・普及を推進する米国の非営利団が、10分野79の各業種別に重要な指標を特定し、開示情報の比較可能性向上を目指す。米国証券取引所の開示基準で定められた年次報告書で非財務情報の開示を求める。(将来的な上場企業の開示義務付けも視野に入れている)

      価値競争のための統合的開示・対話ガイダンス

      【発行年】2017年
      【策定主体】 経済産業省
      【適用対象】日本企業、投資家(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】企業経営者、投資家
      【内容】企業と投資家が開示情報や対話を通じて相互理解を深め、持続的な価値協創に向けた行動を促すことを目的とする。価値観・ビジネスモデル・持続可能性・戦略・成果指標・ガナバンスの6項目からなる。開示と対話の質を高める共通言語としての役割を目指す。

    3. 環境
    4. 気候変動関連財務情報開示(TCFD)タスクフォース

      【発行年】2017年
      【策定主体】 気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)
      【適用対象】すべての債券、株式発行主体(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】投資家
      【内容】策定主体は金融安定理事会によって設立された金融の安定性の観点から気候変動問題を議論する国際的なイニシアチブ。気候変動におけるシナリオ分析を実施し、「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標」について制度開示書類による開示を推奨している。

      環境統合ガイドライン・環境会計ガイドライン

      【発行年】2012年/2005年
      【策定主体】 環境省
      【適用対象】環境報告を実施する全事業者
      【情報の想定ユーザ】消費者・投資家を含む全ステークホルダー
      【内容】報告書ガイドラインで推奨される記載項目は5分野40項目の指標で構成されている。事業者が環境を利用する者として説明責任を果たす指針。利用者が企業の環境配慮行動を適切に理解するための手引き。環境配慮促進法では、大規模事業者には公開努力義務がある。

    5. 社会
    6. 国連指導原則レポーディングフレームワーク

      【発行年】2015年
      【策定主体】The Human Rights Reporting and Assurance Frameworks Initiative (RAFI)
      【適用対象】すべての国家と組織(任意開示)
      【情報の想定ユーザ】全ステイクホルダー
      【内容】「国連ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って企業が人権報告をするガイダンス。質問書に回答し、人権への「顕著な影響」に関連する具体的な取り組み報告を求める。

    7. ガバナンス
    8. コーポレートガバナンス・コード

      【発行年】2015年
      【策定主体】 東京証券取引所
      【適用対象】国内上場企業のうち一部・二部は全原則、マザーズ*・JASDAQ*は基本原則を開示(適時開示)
      *東京証券取引所が運営している大手、新興・成長企業向けの市場
      【情報の想定ユーザ】投資家
      【内容】企業経営を管理監督する仕組み。株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明性を持った公平かつ迅速・果断な意思決定を行い、持続的に企業価値を高めるガバナンス体制の構築を目指す。

    まとめ

    本コラムでは、非財務情報の開示について、定義、注目された背景と取り巻く世界の動きを整理した上で、その実現に向けて企業が抱える課題と対応策を述べました。今後、環境・人権などの社会課題解決における企業の対応がさらに注目度を増すでしょう。それに伴い、非財務情報の開示の流れは加速し、各企業はより一層、主体的に取り組むことが要求されるでしょう。今まで以上に幅広いステイクホルダーに配慮した発言を求められることも間違いありません。このような流れの中、企業は「求められているからとりあえず開示しておく」というようなその場しのぎの対応や受動的な思考では、本当の意味の社会における企業価値を見失い、非財務情報開示における真の目的と外れてしまいます。「自社の存在価値を認識し、主体性を持って取り組めているか?」という視点で、要請される情報開示に対応していくことに意義があるのではないでしょうか。社内でそういった統一のマインドセットは簡単なことではありませんが、各企業が非財務情報開示のあり方を検討するにあたっての一助となれば幸いです。